今回は2019年11月に発行されたロームの事例を基にCBについてご紹介します。
以前、CB(転換社債)について紹介する記事を書きましたが、今回は実際の発行事例を基にもう少し具体的にご紹介します。事例は直近(昨年末に)CBを発行したローム(東証一部上場の京都に本社がある電子部品メーカー)のものを扱います。
※ここに記載されている内容は全て参考リンクに掲載されている公開情報を纏めた内容となります。
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【目次】
1.ロームについて
2.CB発行概要
2.1資金使途
2.2アップ率と転換価額
2.3募集価格と払込金額
2.4付帯条項
2.5潜在的な希薄化
3.CB発行後の株価推移
1.ロームについて
まずは、ロームについて簡単にご紹介します。当社は京都に本社を構える電子部品メーカーです。東証一部に上場しており、時価総額 も1兆円以上と規模も大きく優良なB2B銘柄です。半導体やLEDが主力製品です。
当社のIRページに掲載されている情報をもとに、業績推移について上記の通り纏めました。見てお分かり頂ける通り、非常に業績は好調で直近の営業利益率14%、税後当期利益率11%という数字も立派です。一方で、ROEは6%と決して高い数値ではありません。日本経済新聞の調査に基づくと2018年度の東証一部上場企業のROE平均値が9.8%なので平均値以下という数値になります。そもそものROEの定義について少し見ていきましょう。ROE(Return on Equity)は株主資本利益率と呼ばれ、株主が投下した資本に対してどれだけの利益を上げられたかの指標となります。株主構成に機関投資家が多い米国で重要視される指標となり、その後日本でも重要視されるようになりました。しかし、米国と比べると日本のROEの水準はかなり低いです。ここら辺の話は、METI(経済産業省)が主催し、一橋大学の伊藤教授が座長を務めた研究会の報告書(伊藤レポート)を読むと良いです。
ROEは、以下の様に大まかに3つの要素に分解して見るとことが出来ます。アメリカの化学メーカーであるデュポン社が経営管理の手法として開発したため、デュポンモデルと呼ばれます。
ROE=売上高当期利益率×総資産回転率×財務レバレッジ
(当期純利益/株主資本) = (当期純利益/売上高) × (売上高/総資産) × (総資産/株主資本)
前述の通り、売上高当期利益率は11%と高い水準にあります。一方、資産効率を表す総資産回転率という指標が低いことが分かります。メーカーである為、通常在庫や工場・機械設備等の有形固定資産が必要なため、総資産は大きくなる傾向にあります。しかし、よく見てみるととロームの場合は2019/3期末時点で約2,700億円の現預金があります。(総資産の3割は現預金ということになります。)どうやらこのあたりにROEが低い原因がありそうですね。
また、無借金企業のため財務レバレッジも 非常 に低い水準にあります。財務レバレッジは他人資本(主に借入)をどのくらい経営に活用しているかという指標です。高すぎれば当然債務過多となり、財務健全性に影響を及ぼしますが、低すぎても良いという訳ではなく(自己資本だけで経営すると財務レバレッジは1倍)、上手く他人資本を活用して効率良く積極的に経営しているかという指標になります。
それでは、いよいよロームが発行したCBの概要について見ていきましょう。
2.CB発行概要
まずはロームが発行したCBの内容について見ながら、各々の用語について解説していきます。発行概要については、ローンチ時(場が閉まった15時以降)に開示する2024年満期ユーロ円建取得条項付転換社債型新株予約権付社債の発行に関するお知らせで確認することが出来ます。また、実際の目論見書(Offering Circular)についても、発行会社よりローンチ翌日(条件決定後)に提出される訂正臨時報告書に添付されており、EDINET(※金融庁が管理する有価証券報告書等の開示書類を閲覧できるサイト)で閲覧可能です。開示資料を基に、ロームのCB発行条件の概要について下記の通り纏めました。
これら以外には、資金使途(調達した資金を何に使うのか)や付帯条項についても確認しましょう。
2.1資金使途
まずは、資金使途についてみましょう。資金使途は「発行に関するお知らせ」の冒頭に大抵記載があります。今回は、株主還元(自己株式の取得)となります。
なぜ、自己株式の取得が株主還元になるのでしょうか?簡単な例をもとにもう少し見ていきましょう。発行済株式総数1,000万株、株価1,000円、当期純利益100億円の企業を考えてみましょう。1株1,000円の株式が1,000万株発行されているため、時価総額で100億円相当の会社ということになります。ここでEPS(Earnings Per Share, 一株当たり利益)とPER(Price Earnings Ratio, 株価収益率)という指標を考えましょう。この場合、
EPS=当期純利益100億円÷発行済株式総数1,000万株=1,000円/株
PER=株価1,000円÷EPS1,000円=1x
となります。ここで、仮に200万株の自己株式の取得を行った場合、発行済株式総数は800万株に減少します。そうすると、
EPS*= 当期純利益100億円÷発行済株式総数800万株 =1,250円/株
に上昇します。元々のPER=1xであることを考えると、自己株式の取得後に理論上の株価も1,250円まで上昇することが予想されます。これが自己株式の取得が代表的な株主還元政策の一つである所以です。
続いて、自己株式の取得前後でのBS(バランスシート)の構成の変化について見ていきましょう。以下に現預金と借入を活用した場合の自己株式の取得(Recap)について各々例を図示します。
総資産5M(内現預金2M)、負債2M、資本3Mの資本構成の会社を考えます。現預金と借入を活用してRecapする場合、どちらの例にも共通する効果は(株主資本が減少することによる)財務レバレッジの増加と(発行済株式総数が減少することによる)EPSの増加です。
Recapする原資を全て借入で賄う場合は(e.g.2)、総資産は変化せず、負債と資本の内訳が変化していることが分かります。一方で、手許現預金を活用してRecapする場合は(e.g.1)、資産が圧縮され(総資産が減少)資産効率が上昇していることが分かります。纏めると以下の通りです。
e.g.1 手許現預金でRecapする場合
- 財務レバレッジが上昇
- EPSが上昇
- 総資産回転率の上昇
e.g.2 借入を活用してRecapする場合
- 財務レバレッジがより上昇
- EPSが上昇
- 現預金の水準は変化しない
話をロームのCB資金使途に戻しましょう。今回、CB400億円を発行し、手許現預金100億円と合わせて計500億円の自己株式の取得を行う予定です。上記の2例が合わさった事例です。
但し、借入が主体となるため、500億円の自己株式取得を通じて、主にEPSの上昇と財務レバレッジの上昇を企図しているものと思われます。加えて、手許現預金が潤沢にある中で借入を選択したのは当社プレスリリースにも記載の通り、今後も成長投資(M&A、設備投資、R&D)を予定しており、強固な財務基盤を維持しつつ、キャッシュポジションを保ちたかったものと推測されます。
2.2アップ率と転換価額
次に、アップ率と転換価額について見ていきましょう。CBの記事でも紹介しましたが、
転換価額=基準株価(ローンチ時点の終値)×アップ率
で表され、発行会社の株価が転換価額を超えることで、CBに付与されているコールオプション(新株予約権)を行使することが出来ます。通常、アップ率はローンチ時点では仮条件としてレンジで示されます。ロームのケースでは、
アップ率(仮条件):45%~55%
で提示され、その後のロードショーの結果、上限である約55%で条件決定しました。以前にもご紹介した通り、アップ率は高い方が発行会社にとって良いのですが、それは発行したCBが株式に転換し辛くなるためでした。
言い換えると、発行会社は余り株式に変わって欲しくないということになります。なぜなら、先ほどご紹介したRecapと逆で、株式が追加で発行されることにより(発行済株式総数が上昇し)EPSは減少することとなります。これを株式の希薄化(Dillution, ダイリューション)と呼びます。そして、先程と逆でEPSの低下を嫌気して売りがでて株価が下落します。(エクイティ・ファイナンス(増資)=株価下落という訳ではなく、調達した資金で増資後にどうするのかということ (いわゆるエクイティ・ストーリー) が大切になってきます。)また、株数が増えるため発行会社の配当負担もそれだけ増加することになります。
よって、ロームとしては望ましい水準で (上限の55%)で条件決定が出来たということになります。なお、この55%というアップ率はかなり高いです。(過去日本の会社が発行したCBの中でもトップクラスです。)それだけ、投資家からは評価された(需要が集まった)ということになります。
2.3募集価格と払込金額
今度は、募集価格と払込金額について見ていきましょう。どちらもパーセント(%)で表示されていますね。これは、SBの記事で紹介した発行価格と額面金額を思い出すと良いです。オーバーパー(orアンダーパー)発行の様に、額面金額と発行価格(ここでは募集価格)は必ずしも一致する訳でありません。そして、CBの場合は基本的にオーバーパーで発行されます。それは、CBの発行に伴い証券会社に引受手数料を支払う必要があるためです。よって、募集価格から引受手数料を差し引いた金額(=払込金額)が100以上になるように募集価格が設定されます。
余談ですが、募集価格から引受手数料を差し引いて払い込まれ会計処理をスプレッド方式と言います。そうすることで発行会社が証券会社に支払う引受手数料(コスト)は発行会社のP/Lでは認識されません。
ところがロームの事例を見てみると、募集価格105.0、払込金額102.5と額面金額100.0よりも2.5も大きいです。これは、CBを発行して410億円(400×102.5%)がロームには払い込まれるものの、最終的にCBが転換されずに社債として償還されたときには400億円だけを返済すれば良いということになります。(差分10億円を余分に調達出来たことになります。)
これは、ロームが発行したCBの価値がそれだけ高かったことに起因します。CBがゼロクーポンで発行できるのは、社債部分のクーポン価値相当をオプション価値で補うからでした。そして、発行会社が証券会社に支払う引受手数料相当もオプション価値から捻出できる様に加味してCBが設計(アップ率が設定)されます。今回はそれでも余ってしまう程、ロームのCBの価値が高かったことになります。先ほどの財務内容からもクレジットは良好であると考えられ、CBの社債価値(ボンドフロア)も高く、株価も直近1年間で見て高値水準だったこと、それなりにIV(インプライド・ボラティリティ)も読めた為だと思われます。
CBはゼロクーポンで発行しますが、起債にあたっての費用(弁護士費用など)は発生します。ですが、当然10億円もかかりません。よって、ロームのCBはゼロクーポンというよりもネガティブクーポン(お金を借りて、しかも利息が逆に貰える)な調達となります。それでいてあれだけ高いアップ率だったので発行会社にとっては非常に好条件での発行だったと思われます。
2.4付帯条項
プレスリリースを見ると、大きく2つの付帯条項が付されていることが分かります。(プレスリリースのP.7~10にかけて記載があります。)
①CoCo条項(転換制限条項130%, 150%)
②現金決済条項(自動/一括行使型)
どちらもCBが転換し難くなる条項です。
まず、CoCo条項は転換制限条項とも呼ばれ、設定された期間内は転換価額に一定の比率(本件だと130%と150%)を乗じたものが、その期間中の転換価額となり、株価はその値を超えない限りは転換することができません。
次に現金決済条項についてです。株価がCBの転換価額を超え、投資家が権利行使をすると新たに株式が発行されることとなりますが、その際にCBの社債額面金額相当分はキャッシュで、残りの部分(厳密ではないですがアップ率相当分)を株式で交付するというものです。CBの転換による希薄化を大幅に抑制することが出来ます。自動行使型は、投資家がオプション行使するのに合わせて自動的に現金決済が適応されるもので、一括行使型は行使すると残存する全てのCBを買い取る(期限前償還する)というものになります。
本当はもう一つ変わった条件が付与されていたのですが、マニアックなので触れません。
2.5潜在的な希薄化
CBはエクイティ・ファイナンスの一種ですが、発行しても即時に希薄する訳ではありません。CBが転換するまでは社債のままです。しかし、転換することによる潜在的な希薄化は発生することとなります。それが潜在的希薄化(Potential Dillution)です。潜在株式数はCBが転換価額で全て転換された際に放出される株数ですので、
潜在株式数=CBの額面金額÷転換価額
潜在的希薄化(%)=潜在株式数÷(発行済株式総数-自己株式+潜在株式数)
と計算できます。また、希薄化は潜在的なものであってもCBローンチ後に発行会社の株価が下落することはままあります。一概にこれと言い切れませんが、一つの要素としては、ヘッジファンドによる空売りが挙げられます。これは、以前ご紹介した CB のデルタヘッジで儲けようとする投資会社は、CBのオプション部分の保有と現物の株式を空売りしてデルタニュートラル(デルタ=0)のポジションを形成します。よって、CBローンチ後にデルタヘッジを行う投資家に割り当てた分のCB×オプションのデルタ相当分だけ空売りが発生することになり、その分は株価下落(Slippage, スリッページ)が発生することが見込まれます。
よって、ローンチ翌日のスリッページを避ける為に、CBの発行と自己株式の取得を合わせて、空売りに買いをあてて株価下落を抑制するという手法が取られます。
今回は、500億円相当の自己株式の取得と、スリッページだけでなくCB発行によって想定される潜在的な希薄化以上に株式が取得されることとなるため、これらの株価への影響は殆どなかったものと思われます。
3.CB発行後の株価推移
最後に発行後のロームの株価推移を見てみましょう。以下のニュースにも掲載の通りロームのCBは、需要ベースで100件以上、ブック倍率6倍超(募集価格に対して集まった需要金額が6倍超)と 多くの需要を集め、仮条件の上限で条件決定されました。また株主還元(自己株式の取得)も投資家から非常に好感され、翌日の終値は9,050円(前日比+3.19%)で場中に年初来高値も更新しています。
◆キャピタルアイ
http://c-eye.co.jp/eq/review-eq/45772
◆四季報オンライン
https://shikiho.jp/news/0/315391
いかがでしたでしょうか?CBは負債と資本の両方の特性を持ち、デリバティブも絡むため結構複雑な資金調達手法の一つです。商品設計も色々と存在します。しかしその分、発行事例を見るとことを通じて、ファイナンスに関連する幅広い知識を学ぶことが出来るため、個人的には非常に良い教材だなと思います。
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