今回はDCF法のコンセプトについてご紹介します。
DCF法は様々な金融資産(株式、社債、不動産、プロジェクトなど)の価値を算出するためのベースとなる概念です。また、いくつかの重要な概念(CAPMやWACCなど)の上に成り立つものです。
【目次】
1.現在価値
2.DCF法
3.割引率
4.CAPM
5.企業価値と株式価値
1.現在価値
まずは、DCF法を理解する為の重要な概念である現在価値(Present Value、PV)について見ていきましょう。
現在価値と聞くと何だか難しく感じるかもしれませんが考え方はシンプルです。ポイントは以下に述べる3つで、「①現在と将来でお金の価値は違う」、「②そのままでは現在と将来のお金を比較することが出来ない」、「③よって、将来のお金も現在の価値に置き換える」という点です。
例えば、現在手元に100万円の現金を持っているとします。それを定期預金として銀行に預ければ年利1%(今迄はあり得ませんが)の金利が付与されるとし、5年間運用した場合、約105万円(=100万円×1.015)の価値になります。つまり、現在の100万円は5年後の105万円と同等の価値があるといえます。これを等式で表すと以下の様になります。
5年後の100万円(将来価値)≒105万円≒現在の100万円(現在価値)×1.015
ここで、将来価値をFV、現在価値をPVとすると、
PV=FV / 1.015
という風に表すことが出来ます。FVは単に将来の100万円や1,000万円というあくまで任意の金額です。よって、その将来の100万円や1,000万円をPV(現在価値)に換算するには1.015がその変換する役割を担っていることが分かります。
ところで、元々1.015は 年利1%で運用できる定期預金で5年間運用したときの複利(1+1%)5を表していました。
では、定期預金ではなくあなたの友人にお金を5年間貸して利息を受け取る様な場合を考えてみましょう。このときに、あなたは前述の定期預金と同様に、年利1%の金利で友人にお金を貸しますか?親友であれば金利は取らないという言う人もいるかもしれません。しかし、運用する目的でお金を貸すとしたらどうでしょう?1%の金利はちょっと低すぎますよね。友人から5年後に150万円にして返すから貸して欲しいと言われ、あなたはそれに納得したとします。この場合、あなたにとって5年後の150万円(FV)と友人に貸そうとしている現在の100万円(PV)が釣り合っていることになります。よって、
PV(100万円) ≒ FV(150万円) / (1+d)5
⇔
d ≒ (150 / 100)1/5 – 1 ≒ 8.4%
となります。(よって、8.4%の金利で100万円を5年間貸し出すのと同義ということになります。)
このように、将来のお金の価値はその期間に応じた一定の比率で除してあげれば現在の価値に換算できることが分かりました。また、この比率はリスクに応じて変化する(リスク・リターンの関係)ことも分かりました。そして、この比率のことを割引率(Discount Rate)と呼ぶことにします。そのことを踏まえてもう一度考え方を纏めると、
PV=FV / (1+d)n
d: Discount Rate, n: Period Number
が現在価値と定義することが出来ます。
2.DCF法
現在価値の概念について理解した所で、いよいよ本題であるDCF法について見ていきましょう。冒頭にお伝えした通り、DCF法は企業価値(株式価値)や不動産などの価値を算出するための方法です。その概念は、企業や不動産が将来的に生み出す全てのキャッシュフローを現在価値に換算して(割り引いて)足し合わせたものと考えています。数式にすると以下の様になります。
Sn=CF1 / (1+d) + CF2 / (1+d)2 + ・・・ + CFn / (1+d)n + ・・・
※割引率が一定の場合
ここで、キャッシュフローについても毎期一定の成長率gで変化すると仮定すると、n期目のキャッシュフローCFnは、
CFn = (1+g)n-1 CF
CF:1期目のキャッシュフロー
と表すことでが出来ます。そうすると前述の式は、
Sn=CF / (1+d) + CF (1+g) / (1+d)2 + ・・・ + CF (1+g)n-1 / (1+d)n + ・・・ A
となり、公比(1+g) / (1+d)、初項CF / (1+d)の無限等比級数で表されていることが分かります。(※無限等比級数については高校の数学で学びますが、触れていない方はこちらのサイトで分かりやすく解説されているので、もしご興味があれば確認してみて下さい。)
(1+d) / (1+g)をA式の両辺に掛けると、
(1+d) Sn / (1+g) = CF / (1+g) + CF / (1+d) + ・・・ + CF (1+g)n-1 / (1+d)n +・・・B
A-Bを計算すると、Bの初項以外は右辺は相殺されることが分かります。よって、Sn – (1+d) Sn / (1+g) = CF / (1+g)となり、Snについて解くと、
Sn = CF / (d-g) ・・・★
に収束することが分かります。つまり、CFが一定の成長率gで増加し、割引率dが一定である場合、DCF法によって算出される価値は常に★の値となります。これをターミナルバリュー(Terminal Value)と呼びます。
ところで、ターミナルバリューに収束するなら1期目のキャッシュフローとその成長率と割引率を決めてあげれば価値が算出出来てしまうではないかと思われた方もいらっしゃると思います。CFが永久に成長率gで増加し、割引率も変化がないという前提が正しければその通りなのですが、これはかなり乱暴なものです。よって、ある程度予測が出来る数期先まではCFを引き、それ以降をターミナルバリューで表します。例えば、4期先までのCFを予測し、5期目以降は成長率gで変化するとした場合、
V = CF1 / (1+d) + CF2 / (1+d)2 + CF3 / (1+d)3 + CF4 / (1+d)4 + CF4 / (d-g)(1+d)4
といった風に計算出来ます。なお、成長率gのことを永久成長率(Perpetual Growth Rate)と呼んだりもします。DCF法によって企業価値はキャッシュフローと永久成長率、割引率があれば計算出来ますが、それぞれの値(特にキャッシュフローと永久成長率)が不確かさを含みます。なので、IPOなどのバリュエーションで用いられることは殆どなく、主にM&Aなどで用いられますが、DCF法だけで決まる訳ではありません。
3.割引率
次に、企業価値を算出する際の割引率をどの様に決定するかについて見ていきましょう。現在価値のパートで割引率はリスク・リターンに応じて変わるということを確認しました。よって、企業が毎期キャッシュフローを生み出すことのリスクに見合った割引率を設定すれば良いことになります。でもどうやって設定すれば良いのでしょうか?
ここで、企業は資産=他人資本(有利子負債)と自己資本(株式)によって構成され、その資産がキャッシュフローを生み出し、一方で債権者である銀行や株主に対して利息や配当という形で一定比率を還元していることに着目します。有利子負債は金利、株式については配当性向を見れば各々がどの程度のリターンを要求しているか分かります。そしてそれらのリターンを有利子負債と株式の大きさで加重平均したものを企業全体のリターンと考えられます。これを加重平均資本コスト(WACC, Weighted Averaged Cost of Capital)と呼びます。
WACC = rd × (1-t)× D / (D+E) + re × E / (D+E)
rd:負債コスト
re:資本コスト
t:法人税率
D:有利子負債
E:株主資本
ここで、法人税率が出てくるのはタックスシールド(金利を支払ったことによって税金によるキャッシュアウトが減少したこと)の影響を加味しています。
負債コストは借入の金利で良さそうですね。では、資本コストは配当性向を考えれば良いのでしょうか?但し、配当性向自体は配当÷純利益×100(%)で計算されます。株主資本に対してどれだけのリターンがあるかという観点で考えると、DOE(株主資本配当率) = 年間配当総額 ÷ 株主資本 × 100 (%)
が適してそうです。しかし、そもそも配当を行っていない企業もたくさんあります。そういったことも加味すると、どのように資本コストを計算すれば良いのでしょうか?次章で見ていきましょう。
4.CAPM
資本コストを計算する方法として、良く用いられる方法がCAPM(Capital Asset Pricing Model)と呼ばれるものです。式で表すと以下の通りです。
re = (rm – rf)β + rf
rf:リスクフリーレート
rm:株式市場全体の資本コスト
β:株式のベータ値
良く分からない言葉がたくさん出てきましたが順を追って見ていきましょう。
まずは、rfですがこれはリスクに関係なく得られるリターンを指します。つまり、何もしてなくても時が経てば必ずもらえる対価であり、イメージとしては定期預金の利息の様なものです。(定期預金は預け入れしている銀行が倒産すれば返って来ませんが、日本においてそうなることは中々考え難いですよね。)CAPMの計算で用いられるリスクフリーレートは10年物国債の利率が用いられます。(銀行よりも国がデフォルトする方が起こりずらいので。アルゼンチンとかはデフォルトしてますが・・・)
次に、rmですが株式市場全体の資本コストを指します。これは日本であればTOPIX、米国であればS&P500などの株式市場全体を表すインデックスが生み出すリターンが近しいものです。先程のリスクフリーレートと比べて、こちらはリスクを取ったことにより得られるリターンです。なので、(rm – rf)はリスクをとらなくても得られるリターン分を除いた、リスクを取ることによって得られる正味のリターン(リスクプレミアム)であることが分かります。
そして、β(ベータ)は株式市場全体と比較してどれだけリスクのある投資家どうかを表す指標です。例えば、TOPIXが1%下落したときに、対象株式が2%下落したとすれば、対象株式はTOPIXよりもリスクが高い(より変動しやすい)と言えます。この様に、株式市場全体に対するリスクの相対的な度合いがβです。(e.g. TOPIXと完全に一致して変動する株式のβは1です。)
それでは、冒頭のCAPMの数式をもう一度確認してみましょう。
re = (rm – rf)β + rf
今迄の話を踏まえると、資本コストは株式市場のリスクプレミアムにその市場のリスクとの相対度合いを表す係数を乗じたものに、無リスクで得られるリターンを加えたものと定義されていることが分かります。
5.企業価値と株式価値
これで、DCF法によって企業価値を算出する為の割引率が決まりました。また、キャッシュフローですが事業から生み出されるキャッシュフロー(営業CF)から、その事業を存続させる為のキャッシュアウトフロー(投資CF)を除いたフリーキャッシュフロー(FCF, Free Cash Flow)を使います。そうすると、DCF法による企業価値(EV, Enterprise Value)は下記の様に表せます。
また、今迄の考え方を整理すると下図の通りです。DCF法によって、求められるのは企業価値になりますが、知りたいのは株式をいくらで取得するのが妥当か(株式価値)なので、有利子負債に係る価値(本来債権者に返済しなければいけないもの)を控除する必要があります。よって、手許の現預金を控除した有利子負債(ネット有利子負債)を企業価値から控除することで株式価値を計算することが出来ます。
EV = Net-debt + Equity Value
では、株式価値を直接計算する方法はないのでしょうか?実は割引率をWACCではなくre(資本コスト)、FCFをFCFE(Free Cash Flow to the Equity)を用いることで計算出来ます。実は先程まで使っていたFCFは厳密にはFCFF(Free Cash Flow to the Firm)と呼ばれるものです。これは前述の通り営業CFから投資CFを控除したものであり(財務CFを含まない)、債権者と株主の双方に帰属するFCF(=FCFF)です。一方で、株式価値を直接算出するには、株主に帰属するFCFのみを用いる必要があります。つまり、FCFFからnet-borrowing(返済額-新規借入額)を控除したものがFCFEとなります。この評価手法はECF法と呼ばれるもので、金融機関など事業と資本構成(資産と負債)が密に関連している場合に用いられます。
◆(参考)銀行業の株式価値算定
如何でしたでしょうか?少し難しい部分もあるかもしれませんが、基本的にはDCF法が決して難しい計算を要求されるものではありません。また、社債価値や不動産価値、プロジェクトの価値算定等、多くの価値算定に共通する概念です。
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