今回はファイナンス関連の記事として株式による公募での資金調達手法についてご紹介します。
働く中で、IPOや株式での資金調達という言葉自体を目にしたり、聞く機会はあるかと思いますが、実際のところ何なのか良く分かっていない人も多いのではないでしょうか?今回はそんな株式での(公開市場での)資金調達の仕組みについてご紹介します。
【目次】
1.資本市場の仕組み
2.株式上場の目的
3.主な株式市場と上場基準
4.証券会社の役割
5.オファリングスロットの考え方
6.グリーンシューオプション(GSO)制度の仕組み
7.オファリングの形態
1.資本市場の仕組み
まず最初に、資本市場の仕組みについて簡単に触れます。(下記は株式前提ですが、株式を債券に読み替えても証券会社の関係部署や投資家の顔ぶれが変わるだけで、基本的な仕組みは一緒です。)資本市場は株式を発行する市場(プライマリー・マーケット)と発行された株式が売買され流通する市場(セカンダリー・マーケット)の大きく2つの市場で構成されます。証券会社では発行会社を担当するバンカー(IBD)、証券会社が株式を引受けることを審査する公開引受部、株式による資金調達の戦略(どの様な投資家層をターゲットするか等)を考えるECMが左側の主な関係者です。一方、流通市場では株式を購入する投資家(機関投資家とリテール投資家)に営業をかけるセールスの部署と発行会社の業績見通しやその予想に基づく株価目線や足許の割安・割高感などをレポートで示すアナリストが右側の主な関係者となります。
次にそもそも株式を上場することの目的について見ていきます。
2.株式上場の目的
(個別に様々あるかと思いますが)一般的に株式を上場する目的は、主に下記4点がよく挙げられます。
①調達手段の多様化
株式市場に上場することにより、株式による公募の資金調達を行うことが出来るようになります。上場しなければ、通常は私募(50人未満)でベンチャーキャピタルなどの投資家から資金調達する以外は、株式によって資金調達することが出来ません。それ以外は、有利子負債(主に金融機関からの借入)によって資金調達するほかありません。私募だと公募と比べて大きな金額を調達することは難しく、一方で借入に大きく依存すると財務バランスが悪化してしまいます。上場することで資金調達に係るこれら問題への新しい選択肢を得ることが出来ます。
余談ですが、公募社債によって資金調達することも株式上場と同様に調達手段の多様化に繋がります。社債は銀行借入と同様に有利子負債の一種で、財務バランスに与える影響は一緒ですが、資金の出し手に地方自治体などの機関投資家や個人投資家が加わります。そうすることで、通常の銀行からの借入と別のポケットから資金を引っ張ってくることで、特定の金融機関に過度に依存することを防ぐことが出来ます。また、高格付けの会社であれば、銀行から借りいれするよりも低金利で資金調達できる場合もあります。(トヨタ自動車がゼロ金利で調達したりしています。社債含めたここら辺の話は別記事で詳しく説明しています。)とは言え、日本では圧倒的に銀行借入(間接金融)への依存度が高く、社債による資金調達(直接金融)のウェイトは欧米と比べてまだまだ高くありませんが・・・(ご参考:金融システムレポート2010年3月、少し古いですが日本と欧米の金融市場を直間比率(企業のバランスシート上の借入金と社債の比率)などで比較・分析したレポートです。)
②会社の信用度の向上
上場する為には、東証が課す定量的、定性的な基準を満たす必要があり、上場審査を経ることで社内の管理体制が整備されていきます。(e.g.労働基準やその他法令に違反しない運営体制の確保、一定以上の資本金や利益水準がある等)商取引や金融機関との取引上、あるいは採用上の信用度が向上することになります。(+αで③にも関連しますが、上場しているというステータスが会社の安心感というブランディングに寄与します。)
③会社の知名度の向上
上場することにより株式市場で日常的に売買される様になります。結果として、主に株式投資家が中心にはなりますが、公に触れる機会が増えるため、知名度が向上することになります。
④株式の流動性の向上
通常、株式会社の株式は好きなタイミングで自由に売買することが出来ません。上場することで、株式価値がマーケットの需給によって時価で算出され、自由に売買することが可能になります。会社が大きくなる過程では、創業期~発展期ではVCやエンジェルなどの外部投資家が資金を提供して成長を支援します。また、ある程度業歴のある会社でもバイアウトファンドが出資し、会社の成長の梃入れを図る場合もあります。こうした外部投資家にとっては、A:成長した会社が他者に売却されるか(含む経営陣の買い取りや自社株買い)、B:IPOによって上場したタイミングで持分を売却してキャピタルゲインを得ることが、投資の主目的です。つまり、上場によって株式流動性を高めることは、外部投資家を活用して企業を成長させていく上で、彼らに投資の出口(イグジット)を提供することに繋がります。
3.主な株式市場と上場基準
続いて、国内の主な株式市場と上場にあたっての外形基準を確認します。ここでは、日本最大級の東京証券取引所(東証)に存在する主要4市場について説明します。
①東証一部
言わずと知れた我が国最大の証券市場です。日本に上場するの株式の約9割以上が東証一部に上場しています。一日の取引高なども他の市場と比べて圧倒的です。日本国内で上場する企業の最終目標としてはこちらの市場を目指しつつも、まずは審査基準の緩い他市場で上場し、実績を積んで将来的にステップアップするということが良く行われます。
②東証二部
東証一部にまだ上場出来ない企業や東証一部上場企業が業績悪化によって降格(e.g.最近だと東芝やシャープが一部⇨二部へ)した場合に所属する市場です。なので、東証一部に未来永劫上場し続けることを目的にすることは通常なく、東証一部へのステップとしての位置付けの市場です。元々は東証一部上場企業と比べて比較的新興の企業が上場する位置付けの市場だったのでしょうが、JASDAQやマザーズが生まれてその意義も薄れてきました。よって、将来的にはJASDAQ市場と統合されることが検討されています。
③JASDAQ(ジャスダック)
信頼性、革新性、地域・国際性のコンセプトを掲げる新興市場です。一定の事業規模・業歴を有する成長企業を対象とした「スタンダード」、ユニークな技術やビジネスモデルを有し、より将来の成長可能性に富んだ企業を対象にする「グロース」の2市場で構成されます。新興市場という点では次に紹介するマザーズと同じ位置付けですが、利益に明確な基準を設けているなど、マザーズより少し基準が厳しいです。
④マザーズ
将来的に東証一部・二部への鞍替えを視野に、「高い成長可能性を有する」所謂スタートアップなどの新興企業が上場する市場です。よって、東証一部・二部などと比べて足許の利益を明確には求めてきませんが(赤字上場も出来ます)、「高い成長可能性」という所を確りと示す必要があります。先に挙げたIPOによって得られるメリットの内、特に資金調達の機会を得て、新興企業が更なる成長を一気に加速させるための代表的な市場です。
各市場の説明でも少し触れましたが、上場審査の基準には形式要件と実質審査基準の2つが存在します。以下では、各市場の形式要件について纏めています。
4.証券会社の役割
次に、エクイティファイナンスにあたって証券会社が担う役割についてご紹介します。証券会社が担う役割別の呼称は大きく分けて以下の4つあります。なお、これら4つの役割を担う証券会社の集団全体を指して引受シンジケート団(所謂、引受シ団)と呼びます。
①主幹事証券会社
有価証券の募集・売出しに際して、関係者間での調整などを行います。また、安定操作取引を行います。主幹事証券会社は1社の場合もあれば複数社(共同主幹事)いる場合もあります。
②ブックランナー
主幹事証券の中でもブックランナーはディールで主要な役割を担う。具体的には、有価証券の募集・売出しに際し、ブック(投資家の需要の積み上がり、引受シ団への割当を記録する元帳)を集計・管理・分析し、適切なプライシングやアロケーション(各投資家への株式の配分比率)などに係る責任と権限を有します。これらの役割がディールを成功させる上でとても重要な意味を持ち、それ故に他の引受シ団を構成する他の証券会社よりも多くのフィー(手数料)を獲得することが出来ます。
ブックランナー⇨主幹事証券に該当しますが、逆は必ずしもそうではありません。また、ブックランナーも複数の証券会社が務める(ジョイントブックランナー)場合があります。ブックランナーが複数いる場合には、ブックランナー間で役割分担(とそれに応じた序列)が生まれます。その場合に証券会社が目指している立場がトップレフトと呼ばれるものです。よって、引受けを行う証券会社が目指しているポジションが、「主幹事兼ブックランナー」(かつジョイントブックランナーの場合は「トップレフト」)となります。
また、グローバルオファリング(国内だけでなく海外の機関投資家への販売を含めるもの)の場合は、ブックランナーの呼称がGC(グローバルコーディネーター)となります。グローバルオファリングになると、通常単独で引受けられることはなく、JGC(ジョイントグローバルコーディネーター)と呼ばれる2社以上の証券会社がブックランナーを務めることとなります。その場合、ブックランナーの役割を国内市場と海外市場に分けるのが一般的です。(e.g.JGCの海外トップレフトがMUMSS、国内トップレフトがみずほ証券の様な形)
③幹事証券会社
主幹事証券を補佐する役割を担います。ただし、これ以下の役割だと証券会社側からすると殆ど事務作業といった位置付けになります。
④引受証券会社
引受契約に基づいて買取引受の責任を負います。(引受シ団内で配分された株式につき責任を持って投資家に販売することが役割)
ここらへんは色々名前が出てきてややこしいですし、何なら証券会社側の話で利用する側の企業からすればあまり関係ないですが、彼らが何を目指して提案してきているのかの理解につながれば幸いです。
最後にブックランナー兼主幹事と主幹事の役割の違いにつきおさらいします。
<ブックランナー兼主幹事の役割>
・オファリングストラクチャー、投資家への販売戦略の策定
・ブックの管理及び分析、プライシング(売出し価格の決定)
・アロケーション(投資家への配分)の決定
・引受審査、D.D.の実施
・目論見書などの関連書類のドキュメンテーション
※上記の内、下線部の役割を主幹事も担う。
5.オファリングスロットの考え方
エクイティファイナンスはいつでも行える訳ではありません。決算開示や有価証券報告書の提出などのタイミングを避けて決定します。ですので、年間を通じてオファリングが可能な時期とそうでない時期にいくつか分けられることになります。このオファリングが可能な時期をスロットと呼んだりしますが、以下に考え方の一例を示します。
<共通となる考え方>
・各スロット内でローンチ(決議)とクロージング(払込)が収まるのが望ましい
・ローンチからクロージングまでの間に決算発表または有報の提出を跨がない
・オファリングのクロージングと決算発表が近い場合は決算発表にサプライズがない
・決算発表や株主総会に近いとそれと併行してオファリングの準備を進めるので作業負荷が大きい
・投資家への販売の観点から、夏季休暇やクリスマス、年末年始を避ける
6.グリーンシューオプション(GSO)制度の仕組み
ここでは、グリーンシューオプション(GSO)制度の仕組みについて説明します。結構ややこしい仕組みなのですが、オファリングにあたって大切な制度になるので確認していきましょう。
GSO制度の目的はA:超過需要の創出、B:市場での株価形成の安定化(需給の引き締め)の大きく2つがあります。そして、GSO制度を構成する概念として下記4つをおさえましょう。
①O.A.(オーバーアロットメント)
主幹事証券会社が発行会社の大株主(通常は創業者など)から株式を借りてきて、売出しに予定している株式と同一条件で追加で売出しを行います。予定している売出し株数以上に需要が集まっても(超過需要)確りと取り込むことが出来ます。(売り出す株式に対して15%がO.A.の上限目安)
主幹事証券会社は本来売り出すよりも多くの株式を借りることで販売するので、後でちゃんと株式を返す必要があります。(主幹事証券会社はO.A.分の売出しによって一時的にショートポジションになってしまい、このポジションを解消する必要があります。)この辺りの流れは後述します。
②グリーンシューオプション
主幹事証券会社は、O.A.分の売出しによって生じたショートポジションを解消するために、オプション付与者(或いは発行会社)から権利行使価格にて株式を買い取ることができる権利(グリーンシューオプション)を付与されます。
③安定操作取引
主幹事証券会社が委託を受ける形で、条件決定日(いくらの株価で販売するか決定した日)から申込期間中に、株式の時価<売出価格とならないように、買い付けを行います。(株式の時価<売出価格となってしまうと、募集に応募して買うよりも場で時価で購入した方が良いからです。この期間中は、何としても下回らせない様に損しても証券会社は買い支えなければいけません。)この安定操作取引は金商法で禁止されている安定操作の中で、例外として合法的に認められた措置になります。
④シンジケートカバー取引
申込期間終了後に需給バランスが崩れて、株価が低迷したときにマーケットをサポートする為に主幹事証券会社が追加で買い付けを行うことがあります。シンジケートカバー取引はO.A.が付与されなければ、主幹事証券会社は実施することが出来ません。
以下に例を示しますが、GSO制度によって主幹事証券会社は大株主から超過需要分の株式を借りてきて販売することで、確りと超過需要に対応することが出来ます。一方で、借株は最終的に返却することになるため、このショートポジションを解消するために、発行会社や大株主から株式を買い取る権利(GSO)を付与されます。但し、このGSOが実際に行使されるか否かは、その後の安定操作取引やシンジケートカバー取引の実施状況によって変わってきます。例えば、下記の例で見ると、当初1,000株のO.A.を実施した後、主幹事証券会社は安定操作取引で300株、シンジケートカバー取引で200株を市場から購入しており、計500株を借株の返却に充てることが出来ます。残りの不足分500株に関してのみ、GSOを行使して株式を買い取り、それらを借主に返却してショートポジションを完全に解消することとなります。前述の通り、安定操作取引で証券会社は買い支えしなければなりません。一方、シンジケートカバー取引は必要がなければ買い付けを行う必要がありません。よって、O.A.によって生じたショートポジションは、安定操作取引によって買い付けた分を充てつつ、シンジケートカバー取引によって解消するかGSOを行使するかは、証券会社側のエコノミクスの観点で決まります。(仮に、株価が堅調に推移し安定操作もシンジケートカバー取引も行われなければ、充てる玉が無いので、当初付与されたGSOを全て行使することになります。)
7.オファリングの形態
オファリングの形態はどの市場に属す投資家を対象に販売していくかで異なります。大きくは以下の4つに大別することが出来ます。
①国内オファリング
主に日本国内の投資家に対して販売します。また、北米・カナダを除く欧州・アジアの海外機関投資家への勧誘は出来ませんが、私募(49名以下)については販売することが可能です。
②国内オファリング(臨時報告書形式)
国内オファリングでは北米・カナダを除く海外機関投資家への勧誘が不可だったものが勧誘も可能となり、人数の制限も無くなります。但し、英文目論見書を用いない為、海外投資家の中でも日本語の目論見書のみで投資判断が可能な先が対象と成ります。臨時報告書形式は届け出を出すだけで殆ど追加コストも発生しない為、通常国内オファリングを行う場合はこちらの形態が取られることが主流です。
③グローバルオファリング(Reg.S)
北米・カナダを除く海外機関投資家へ英文目論見書を用いて勧誘・販売を行うオファリングの形態です。リーチできる海外投資家の裾野が広がる一方で、英文目論見書の準備などの手間や弁護士費用などのコスト負担が増します。
④グローバルオファリング(Reg.S+144A)
QIB(適格機関投資家)に限定されますが、北米・カナダの投資家に対しても販売することが可能です。事務手間やコスト負担が最も発生しますが、最も多くの投資家に英文目論見書を用いながらリーチでき、一番多くの需要を集めることが期待できるオファリングの形態です。本番や事前のロードショーでも、東京⇨シンガポール⇨イギリス⇨ニューヨーク/サンフランシスコなど世界の主要都市を1~2週間程度で回ることになるので、発行会社の経営陣にも物理的に大きな負荷がかかることになります。
なぜ、こんな色々と面倒なことになっているかというと、米国の証券法が米国の投資家を保護する観点から、世界中の企業に対してSEC(米国証券取引委員会)への登録届出書を提出することが求められますが、オフショア取引で北米投資家を対象としない場合や、対象になるのがQIBの場合の例外規定を設けており、それがReg.Sや144Aと呼ばれる規定に該当するのです。QIB以外の投資家(含む個人)に販売する場合は、SECへの登録手続きが必要になります。
オファリングの形態は発行会社がどの程度の金額をオファリングで調達したいか、またどんな投資家に株式を評価し持って貰いたいかなどの要素を考慮して、適切な形態を選択することとなります。(オファリングの規模感が小さいとより多くの投資家にリーチでき、需要が集まりやすいから、安直にグローバルオファリング(Reg.S+144A)を選択すると手間・コストと全く見合わないということになります。なので、グローバルオファリングを用いる場合は時価総額自体もそれなりに大きな会社が対象ということになります。)
以上で株式による資金調達の回終了です。
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