今回は先日正式に取り止めとなった富士フィルムとゼロックスの経営統合について公開情報に基づきご紹介します。
今回は、富士フイルムHDの米国ゼロックス(Xerox)社の経営統合の中止と、中止とはなりましたがそのユニークな経営統合のスキームについてご紹介します。中止となりましたが、アクティビスト、税制(親子間のみなし配当課税)、第三者割当増資、自己株式の取得、特別配当など示唆に富む事例です。
1.初めに
※ここに記載されている内容は全て参考リンクに記載されている公開情報を纏めた内容となります。
ファイナンスコラムについては中々記事を書くことが出来なかったのですが、ちょうどきっかけがあり、やっと書くことが出来ました。先日のStrategic Management(授業)の課題でNetflixのケースについてグループで分析する機会がありました(こちらの詳細については別途記事を投稿します)。その中でBlockbuster(2000年代後半までNetflixのライバルだった米国のビデオレンタル会社)に関する記載があり、一時は資本力によりNetflixを追い詰めるも2007年6月の経営トップの突然の交代により、(e-platformに舵を切っていた中)実店舗(brick-and-mortar)への回帰を図り最終的にはChapter11を申請することになってしまいます。そのきっかけを作ったのが米国の著名なアクティビストであるCarl Icahnでした。
一方で、2018年1月31日の経営統合公表後から凡そ2年弱がたって、ついに富士フィルムHDによるゼロックスとの経営統合が白紙となることが2019年11月5日に公表されました。本件も経営統合公表から紆余曲折を経て中止となった原因は、ゼロックスの株主であるCarl Icahnでした。そういった偶然が重なり今回この記事を書くことを思い至りました。
◆富士フィルムHDによるゼロックスコーポレーションの50.1%の株式取得及び富士ゼロックスとゼロックスコーポレーションとの経営統合並びに特別利益の計上に関するお知らせ
https://www.fujifilmholdings.com/ja/investors/pdf/other/ff_irnews_20180131_002j.pdf
◆7pay問題、NETFLIXライバル社の破綻…経営トップの「ITリテラシー」が企業の明暗をわける
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/07060631/?all=1
◆富士ゼロックスの完全子会社化及び特別利益の計上に関するお知らせ
https://www.fujifilmholdings.com/ja/investors/pdf/other/ff_irnews_20191105_001j.pdf
2.概要
富士ゼロックスは1962年に富士フィルムHDとゼロックスの間で50:50の出資で設立された合弁会社で、主にアジアにおけるドキュメント事業(プリンター等の製造・販売)を行っていました。2001年にゼロックスの業績が低迷したことによりゼロックスの保有持分の半分を富士フィルムHDに売却したことにより75:25という現在の資本関係になりました。そんな中、富士ゼロックスとゼロックスを経営統合し、新富士ゼロックスとして売上で世界最大規模のドキュメントソリューションカンパニーを作るというのが本経営統合の目的でした。
但し、文書の電子化が進む昨今、ドキュメント事業は斜陽産業という見方もあります(欧米などの先進国では市場が縮小する傾向で、中東やアジアなどの新興国では未だ成長の伸びしろが残っているという見方)。一方で、ゼロックスは欧米を中心に事業展開を行っており、本件経営統合によって新たに取り込まれる事業ポートフォリオが魅力的ではなく、また販路が分かれているためシナジー効果(統合による間接費用の低下)も生まれにくいと見る記事もググると散見されます。元々、富士フィルムHD自体がフィルム事業で培った技術を内視鏡などの医療事業に用いるなど、事業ポートフォリオの多角化を進めてきた中で、それに逆行する動きなのではと評するコメントも発表当初にありました。
一方で、本件の経営統合のスキームに対して異議を申し立てたのが、前述のIcahnとDeasonという2人のゼロックス既存株主です。彼らは、富士フィルムHDがゼロックスを無料で手に入れると強く批判しました。では、彼らが批判した経営統合のスキームが一体どんなものだったのか次章でご紹介します。
◆Joint statement with Darwin Deason regarding Xerox
https://carlicahn.com/joint-statement-with-darwin-deason-regarding-xerox-2/
3.経営統合のスキーム
以下に富士フィルムHDのIR資料から抜粋した経営統合のスキームについてStep1~5の通り抜粋しました。順を追ってみていきましょう。
Step1:
富士ゼロックスが金融機関より6,710億円の借入を行います。
Step2:
当該借入金を原資として、富士ゼロックスが富士フィルムHDが保有する75%の持分(=6,710億円)を自己株式の取得(カネの流れ:富士ゼロックス→富士フィルムHD)として買い取ります。(この時点で富士ゼロックスがゼロックスの100%子会社となります。)
Step3:
ゼロックスが既存株主に対して$2,500M($1=JPY100換算で2,500億円相当)の特別配当(カネの流れ:ゼロックス→ゼロックス既存株主)を実施します。
Step4:
ゼロックスが富士フィルムHDを引受先として、ゼロックスの50.1%に相当する株式(=6,710億円)の第三者割当増資(カネの流れ:富士フィルムHD→ゼロックス)を行います。(この時点で、富士フィルムHDの傘下にゼロックスが、その下に富士ゼロックスがぶら下がる格好となります。)そこから例えばICL(Intercompany Loans、親子ローン)の様な形で、ゼロックスから富士ゼロックスに先程の第三者割当増資によって得た6,710億円を渡し、当初富士ゼロックスが借り入れた金融機関からのローンの返済に充当します。
Step5:
ゼロックスの名称を新富士ゼロックスに変更し、旧富士ゼロックスとの経営統合を行うことで本件完了です。
4.まとめ
如何でしたでしょうか?もう既にお分かりの通り、最初に金融機関から借り入れたお金が呼び水となり、それがぐるっと回って戻ってくると何と経営統合が完了しているというスキームになっています。途中でゼロックスの既存株主に対して特別配当を行い、第三割による希薄化に対する一定の配慮を示す格好を取りますが、配当原資はゼロックスから出されるので、富士フィルムHDから新たに資金拠出された訳ではありません。更に、Step2で富士ゼロックスが富士フィルムHDより自己株式を取得したことによる源泉税(みなし配当課税)は親子間の特例により益金不算入として扱われ還付されるものと思われます。最終的には破談となってしまいますが、本当にキャッシュアウトなしで経営統合出来てしまう非常に良くできたスキームだと感じます。
今回は以上となります。ファイナンスのトピックについてもこれから徐々に記事を書いていくので、是非ご一読いただければ幸いです。
◆みなし配当(KPMG)
https://home.kpmg/jp/ja/home/insights/2013/10/taxdd.html
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