今回はNotion CapitalのInvestment DirectorであるItxasoの講義内容からの紹介です。
本記事では、スタートアップの資金調達をテーマにVCファンドの仕組みや投資迄のプロセス、バリュエーションについて見ていきます。
◆前回記事を読む⇒UCL講義-Entrepreneurial Finance②(イギリスの会計)
【目次】
1.Venture Capital Fund
1.1 ファンドの仕組みと報酬
1.2 投資リターンの目線
1.3 シンジケーションディール
2.投資プロセス
2.1 投資までの時間軸
2.2 デューデリジェンス(D.D.)
3.タームシート
4.バリュエーション
4.1 DCF(Discounted Cash Flow)
4.2 Market Value / Comps
4.3 Comparable Transactions
4.4 Venture Capital Method
4.5 Berkus Method
5.キャップテーブル
1.Venture Capital Fund
このチャプターでは、VCファンドの仕組みや報酬、投資ステージ毎のリターンの目線などについて、授業で習った内容を基にご紹介します。
1.1 ファンドの仕組みと報酬
VCファンドに限った話ではなく、一般的にファンドはGP(General Partner)とLP(Limited Partner)から拠出された資金を基に構成されます。投資家であるLPが大半の資金を出資し、GPは主にそれら資金の運用を任されます。
GPであるVCは 管理報酬(Management Fee) と 成功報酬(Carried Interest) という2つの報酬を受け取ることが出来ます。管理報酬はファンドの運用総額に対して一定比率を受け取ることが出来ます。成功報酬はファンドが獲得した投資リターンに対して一定比率を受け取ることが出来ます。一般的に、ファンドの存続期間は10年間で、2%程度の管理報酬(5年目以降は実費のみで、ファンドの運用総額の15%程度が管理報酬の総額)と20%程度の成功報酬が目線となるそうです。
例えば、下記の様なファンドがあった場合、GPであるVCは$2Mの管理報酬を毎年受け取ることが出来ます。また、$100M投資して最終的に$300Mのリターンが得られた場合、$40M($200Mの利益の20%)をGPは成功報酬として受け取ることが出来ます。一方、$160Mのリターンと出資元本($99M)からGPの管理報酬を差し引いた金額をLPは受け取ることが出来ます。ファンド存続期間の早期でリターンが発生した場合は、リターンだけ分配され、元本分はそのまま再投資に回されることになるそうです。
1.2 投資リターンの目線
当然、投資先にやって様々だと思いますが、Itxaso曰くSeedラウンドで投資額の10x、SeriesA~Cで3-5xのリターンが目線となるそうです。
例えば、あるスタートアップが、Seedで$100K(1,000万円くらい)の資金が必要な場合、仮に10%の持分で資金調達をしようとすると、10年後に$1M(出資額の10x)に価値が上昇している必要があります。言い換えると、当該スタートアップは$10M($1M÷10%)の価値の企業に成長している必要があり、VCにその蓋然性(そんなものがあるかは別にして)があると信じて貰う必要があるということです。
このハードルは相応に高いそうで、SeedラウンドでVCが出資するというのはそう多くなく、SeriesA以降で参加することが一般的だそうです。
1.3 シンジケーションディール
シンジケーションディール(Syndicated Deals)は投資形態の一つで、多くの投資がシンジーションディールで組成されているそうです。これは、同一の投資ラウンドで複数の投資家(エンジェル、VC、アクセラレーター、その他投資家)が参画する場合、同一条件で投資を実行する為の仕組みです。参画する投資家の中でLead investor(複数のLead investorがいる場合もあり)という地位の投資家が、タームシートの交渉やデューデリジェンス(Due Diligence)を一手に引き受けることとなります。
2.投資プロセス
VCの一般的な投資までの時間軸と、デューデリジェンスについて授業で学んだ内容を基にご紹介します。
2.1 投資までの時間軸
投資までは概ね以下の7つのステップで構成されます。①~⑦までは案件次第ですが、2-3週間から長いものだと3-4か月の時間を要するそうです。この期間で相当な数の面談や電話でのやり取りが投資家と投資先の企業の間で行われるそうです。また、VCは投資先の顧客(3-4社程度)、過去勤めていた従業員、競合、業界の専門家などにもインタービューを行い投資判断をします。
①投資家へのピッチ
②Investors Meeting(Associate Analyst)
③Investors Meeting(Partners)
フェーズ②~③で投資家はD.D.と事前交渉の機会が得られる。
ここで投資の意思決定を概ね行う。
④タームシート
タームシートの交渉に凡そ2-4週間を要する。
⑤法務D.D.
⑥最終交渉
⑦クロージング・調印
2.2 デューデリジェンス(D.D.)
投資を行うにあたって、投資対象となる企業の価値やリスクなどを精査するプロセスです。大きく5つの観点(5Ms)で精査を行うそうです。
①Market
-市場規模
-成長率
-競争環境
-参入障壁
②Management
-チームの経験や専門性(具体的なスキルやマーケットの専門知識等)
-実績
-ビジョン
③Money
-財務戦略
-資本構成
-バリュエーション
-資金使途
④Method
-提供価値
-ビジネスモデル
-プライシングモデル
⑤Metrics
-トラフィック、コンバージョン
-価格感応度
-製品開発の段階
-チームメンバーの入れ替わり度合い
投資家にピッチするにあたって準備しておくべきものは、ピッチデック(送付用とプレゼン用)、財務モデルと前提、キャップテーブル、LinkedInのプロファイル、ウェブサイト、投資家リストがあれば問題ないそうです。
3.タームシート
次にタームシートについて見ていきます。タームシートは投資が実行される際の基本的な条件が記載されたものです。Itxaso曰く交渉の論点となるような箇所を、以下ブレットで示します。
- Pre-money Valuation:投資前のバリュエーション、詳しくは次章で説明します。
- Investment Size:投資の規模。
- Option Pool:従業員向けのストックオプション。平均的には、発行済株式総数の8-15%程度が割り当てられるそうです。
- Type of Security:株式の種類。普通株式なのか議決権等がない優先株式の形態なのか。
- Board Representation:取締役派遣の有無。
- Liquidation Preferences:清算事由(M&Aなど)が発生した場合の金銭の分配に関する条項。通常、普通株式に対して優先株式を保有する株主は分配金を先に受け取る権利があります。その際の受け取れる金額が普通株式の株主の何倍かを決めたりします。(同額/2倍/3倍だったりします。)分配方法は大きく分けて、①Non-participating Preferred、②Capped Participating Preferred、③Uncapped Participating Preferredの3種類があります。
まず、Non-participatingとParticipatingの違いを見ていきましょう。例えば、次の条件で優先株式(Preferred Stock)で投資した場合を考えます。
e.g. ①1x-Non-participating の場合
優先株式:$1Mを投資して10,000株を取得
普通株式:90,000株が発行済
当該会社が$74Mで売却された場合、
優先株式を保有する投資家:
$7.4M($74M×10%)か$1M($1M×1x)の何れか大きい方
普通株式を保有する投資家:
$66.6M( $74M×90% )
がそれぞれ分配されます。
e.g. ②2x-Participatingの場合(前提条件は上記と同様)
優先株式を保有する投資家:
$9.2M($2M($1M×2x)+ $7.2M($72M×10%) )
普通株式を保有する投資家:
$64.8M( $72M×90% )
がそれぞれ分配されます。
実は、上記の2x-ParticipatingはUncappedでもあります。次にCappedの場合も見ていきましょう。
e.g. ③2x-Participating w/ 3x Capの場合(前提条件は上記と同様)
優先株式を保有する投資家:
$3M($2M($1M×2x)+ $1M) )
普通株式を保有する投資家:
$71M( $74M – $3M)
がそれぞれ分配されます。
Cappedはその名の通り、優先株式の株主が取ったリスク(投資額)から一定額以上は分配されないということです。一般的に投資額の3-4xがCapに設定されるそうです。 - Anti-dilution Protection:投資家のダイリューション(希薄化)を防ぐための決め事が記載される条項です。主に、優先株式が普通株式に転換される場合や、将来のダウンラウンド(前回投資時のPost-money Valuationよりも今回のPre-money Valuationが下がる場合)による希薄化から守ることが想定されます。
(※希薄化の考え方について確認されたい方は、CBの記事をご参照下さい。)
具体的には次の様な条件を盛り込むことが検討されます。Full-rachet(フルラチェット)はダウンラウンド時に既存の優先株式の普通株式への転換価額を下げることで、既存の優先株式株主の権利を保護します。この他にも加重平均を取るやり方もあります。 - Closing Conditions:投資が実行・完了する際の前提条件です。
- Pre-emptive rights:新株が発行された場合に追加購入する権利です。通常は、次回のラウンドでプロラタ(Pro Rata, 比例配分)ベースで購入する権利が 参加した投資家に与えられます。
- Right of First Refusal(ROFR):発行会社は、第三者に相談する前に、既存株主に対して新株を発行することを検討する際に、まず相談・交渉しなければいけない義務が発生します。
- Drag-along:一定数以上の株主(或いは特定の株主)が株式を売却することに賛同した場合、全ての株主もそれに従って株式を売却する義務を負います。M&Aなどを想定した場合のExitをスムーズにすることを企図したものです。
4.バリュエーション
バリュエーションは資産や会社の価値を評価・算定する手続きのことを指します。バリュエーションにあたっては様々な方法があり、客観的な部分もありますが、 多分に主観的なものです。ここでは、スタートアップの企業価値を算出するという前提の下、いくつかの評価手法についてご紹介します。
ここで、企業の価値とはその会社の経営権を獲得することにあたり、それはすなわち株式価値を指すこととします。なので、バリュエーションにあたっては対象会社の一株あたりの価値(株価)を評価・算出することが目的となります。しかし、厳密にはファイナンスで企業価値(Enterprise Value, EV)が指すのは株式価値だけではありません。企業の総資産は自己資本と他人資本から構成されることを考えると、自己資本である株式価値だけでなく、他人資本(ネット有利子負債(=有利子負債-現預金))を合わせたものがEVとなりますので注意が必要です。
4.1 DCF(Discounted Cash Flow)
対象企業の将来CFを一定の割引率(借入が無ければ、要求する株式のリターン)で割り引いた現在価値から株式価値を算出する方法です。正しい前提条件を設定出来れば正確に株式価値を算定できますが、一方で前提の置き方次第でかなり結果が変わってしまう為、M&A(企業買収)以外では余り用いられない評価手法です。DCF法の詳細については別記事(◆ファイナンス-DCF法)をご参照下さい。
4.2 Market Value / Comps
対象会社のComps(類似比較企業)を何社ピックアップして、それら企業のマルチプルの平均値や中央値などを使って評価する手法です。IPO時などの評価も一般的にはマルチプルを使ってバリュエーションされます。代表的なマルチプルはPER(株価収益率)、EV/EBITDA(企業価値/EBITDA比率)などが挙げられます。IPOでは前者のPERが最もポピュラーなバリュエーション手法の一つです。
4.3 Comparable Transaction
対象会社に関連する類似の取引を参照するという方法です。例えば、対象会社の競合他社が直近●●のバリュエーションで資金調達をした、或いは類似業種のスタートアップがX社に▲▲のバリュエーションで買収された、などの取引を参考にバリュエーションを行うといった感じです。
4.4 Venture Capital Method
Value Post-money = Exit Value/(1+IRR)n
で算出する方法です。これだけだと良く分からないので例をみていきましょう。例えば、$3.5Mの資金調達が必要な企業がVCに投資をお願いしたとします。そのVCはExit(投資回収)までの期間を5年に設定し、5年後に5倍のリターンを期待するとします。そうすると、5年後に$19MでExitすることを期待するには凡そ38%(= 51/5-1)のIRRが要求されることとなります。
そうすると、
Value Post-money = $19M / (1+0.38)5 = $3.8M
となり、
Value Pre-money = Value Post-money – Investment = $0.3M
Equity Ownership investor = (3.5 / 3.8) = 92.1%
もの議決権を投資家が保有してしまうこととなります。
4.5 Berkus Method
Seedラウンドの投資だけに用いられる手法だそうです。この評価手法は、Dave Berkusという著名のエンジェル投資家によって作られたそうです。Berkusはこの手法により160件以上のエンジェル投資を行い、IRR101%のリターンを獲得したそうです。
評価手法を適用する前提:
投資先のスタートアップが5年以内に$20M以上の売上に達するポテンシャルを秘めていると投資家が信じられること。
評価要素:
①Sound Idea(Basic Value)
②Prototype(Reduce Technology Risk)
③Quality Management Team(Reduce Execution Risk)
④Strategic Relationships(Reduce Market Risk)
⑤Product Rollout and Sales(Reduce Production Risk)
評価方法:
各項目を0-$500Kのレンジで評価します。この評価手法に基づくと最大で$2.5MのValue Pre-moneyとなります。(※売上が立っていないスタートアップであれば⑤の項目がゼロになる為、$2Mが最大。)
5.キャップテーブル
キャップテーブルは資金調達の各フェーズにおいて、創業者含む株主の構成、各々議決権比率などの推移を図示したものです。授業の課題で作成したキャップテーブルを例として以下に掲載します。
如何でしたでしょうか?スタートアップ向けの資金調達については未知の分野でもあり、またベースとなるファイナンスの知識がある為、個人的には一番面白い授業の一つです。
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